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ヒグラシ 生命 ( いのち ) の境界線に立つ

草若師匠、倒れる!
・・・、今週、第19週 「地獄の沙汰もネタ次第」 の
「ちりとてちん」 、かなりキツかったですよ~。
何しろ、先週まで自分も病院の中で観ていましたし、
一緒に入院していた人たちは、今も病室で観てる人もいるんです・・・。

草若師匠が余命いくばくもない事を知った徒然亭一門の弟子たち。
そのショックと悲しみは抑えきれず・・・、四草&平兵衛、また魅せてくれました。

一門の異変を感じ、糸子お母さんをはじめ、小浜の
喜代美の家族も大阪に集まってきます。
そして、みんなで師匠を見守っていくのですが・・・。
こんな現実を受け止め切れない若狭 (喜代美) に対して、草若師匠は優しくその思いを伝えます。
そのシーンは、自然と喜代美のお祖父さんとオーバーラップして・・・。
「お前は生きて、俺を笑わせてくれ。 みんなを笑わせてくれ」

私事になりますが・・・、オイラは親から時々こんな言葉を掛けられます。
「親より先に死んだら、親不孝。 一日でもいいから長生きして欲しい」
先天性心臓疾患を持って生まれてきたオイラ。
「不整脈」 とか 「心不全」 と言う言葉に対しても、結構敏感で、何気に常に身近にあるモノ、と地肌で感じてたりもします。

同じ心臓病の友だちや、身近な人たちの 「死」 を自分なりに受け止めていたつもりで、だからこそ毎朝、目覚めた時に、ちゃんと呼吸をしている自分にホッとしてたりもします。
自分自身の 「死」 という存在をその手で触れるほどにも強く目の前に突きつけられた時。
草若師匠でなくとも、 「まともに向き合う事」 は出来ないのではないかと思います。

毎年の誕生日を向かえるごとに、
「よく今まで生きて来れたねぇ・・・」
としみじみと言う母親の言葉を聞きながらもオイラ自身は、 「長生きしたい」 と漠然とは思いますが、どうしても老人になった自分をイメージ出来ないのが本音です。

ドラマの話しに戻りますが、散髪屋の磯七さんが自分の父親で師匠だった人の事を思い返し
「死んでしまえば、今まで積み上げた事がすべて灰になってしまう。殺生だ。」
と言うシーン。
でも、思うんですよね。磯七さんは、そんな亡き父親で師匠だった人の後を受け継いで、散髪屋を営んでいる。灰になってしまったはずの散髪屋の研鑽された技術も、父親である師匠の人生も、すべて磯七さんがちゃんと受け継いでいるのでは?
そして、亡くなった正太郎お祖父さんの事を思いながらの小梅さんのこの台詞も。
「師匠には、りっぱな5人の弟子がいる」

そう、月並みな事なんですけど、たぶん、
「受け継ぐ人がいれば」 その思いは続いていくんだと思います。
人の 「生き」 「死に」 は決して 「ドラマ」 ではなく、もっと壮絶で痛くて怖くて・・・何と言って表現すれば良いか判らないんですが・・・。 でも、だからこそ、オイラはこの 「ちりとてちん」 の草若師匠の生きる様を最後まで、ずっと見続けようと思っています。
「生命 (いのち) の境界線」 に立つ草若師匠。
残された時間で、思い残すことなく生きよう。
とそのまなざしは、遥か遠くに。

一度挫折してしまった悲願の上方落語常打ち小屋の夢。そして、5人の弟子たちへの思い・・・。そんな師匠の思いを受けた、若狭 (喜代美) は家族に囲まれて、自身の創作落語のヒントを掴み。

次週、第20週 「立つ鳥あとを笑わす」 では、草若師匠最期の大ネタ
「地獄八景亡者戯」
( じごくばっけい もうじゃの たわむれ)
を草々、草原、小草若、四草の4人で分けて演じ、若狭 (喜代美) はその前座として創作落語を演じます。
この大ネタを演じる中で、師匠はそれぞれの弟子たちに何を伝えていくのでしょうか?
そして若狭 (喜代美) は・・・。
徒然亭の弟子たちが、師匠にささげる渾身の落語会。

ヒグラシは いまだ 鳴き止まず!

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