「我に」 還る。           ~ 再生医療の可能性 ~

「・・・ さん、・・・ ぶんは、いかがですか?」
その声は耳の奥、どこか遠くのほうから聞こえていた。
ぼんやりと、心の手で、見えない何かを掻き分けるように探りかけた・・・、と、その時、まるでラジオの周波数が合ったように、声がハッキリと耳に入ってきた。
「大丈夫ですか?」
目の前に映る淡い白色のその天井をさえぎるように若い看護師の顔が視界に入ってくる。
ここは、大学病院の一室。私は、手術を受けて・・・。
断片的な記憶がランダムに浮き沈みしながら連結していく・・・。そして最後のピースをはめ込むかのように
「手術は成功です。 経過は順調ですよ。」 と言う声。
軽くうなずく私を見ながら、穏やかに微笑んだ看護師は、血圧を測る準備に取り掛かっている。

2007年、 「再生細胞」 に関しての画期的な研究成果が得られた。
それから数年後、 「再生細胞」 はいまや完全な形での 「心筋」 や 「腸管の一部分」 を形成するまでになり自分自身の細胞から作られた臓器を使っての移植医療も確立され始めている。
もちろん、ここに至るまでには様々な壁があった。
臓器移植に関しては、国内でもその問題が懸念され始めていた 「臓器売買問題」 、など倫理面でも強い抵抗があった。また一方では 「安全性」 を追及するための臨床検査の繰り返し・・・。そして、国会での 「再生細胞臓器医療法案」 の可決。
そうした障壁を一歩一歩乗り越えてきた影には、重症の火傷を負ったものの自分の皮膚の移植によって一命を取り留めた人や、 「臓器移植」 しか延命の手段が残されていない人たちの懸命な支えもあった。
そして何よりも、 「再生医療」 の事例として拡張型心筋症の患者が自分の太ももの細胞を使っての心筋への治療を受けた事も強力な後押しとなった。
この医療に関わる諸問題は完全に解決された訳ではなかったが、それ以上に、 「再生医療」 を必要とする患者の声が、社会を動かしていたのだ・・・。
私がこの一連の治療と手術に踏み切ったのも、
「再生医療」 によって回復した人たちの姿に強く心を動かされたからだ。

私は人生の半ばで、難病に侵され大腸をすべて摘出された。残された小腸も炎症や狭窄があるため、静脈から心臓近くまでカテーテルを挿し込み血管から栄養を摂取する 「中心静脈栄養療法」 と言う療法で生きている。
「手術が成功して、問題がなければ徐々に普通の食生活に戻れますよ」
手術前の主治医の言葉が、ハッキリと思い出される。
そんな私の気持ちを察したのか、新しく蘇った大腸が、 「ぐぅ~」 と、微かな産声を上げた。
そのお腹の音を聞かれはしなかったかと、看護師の方を伺ってみたが幸い、血圧計のゴムから空気が抜ける音でかき消されたようだ。
少し気恥ずかしい気持ちになってしまった。
そんな私と、再び 「還ってきた大腸と小腸」 の新たな
生活は、いま始まったばかりだ・・・。


 ※ この記事は、いまは、まだフィクションです。
   実際の個人・団体等とは一切関係ありません


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